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東北大学大学院生命科学研究科回路脳機能分野
兼・東北大学大学院医学系研究科回路脳機能分野

松井広教授によるコロナ考察:

新型コロナウイルス状況についての一考察(2020年4月4日)

考察項目1:感染後死亡率(DRI)の考え方
考察項目2:感染後死亡率(DRI)で見る各国の医療水準
考察項目3:ダイヤモンドプリンセス号のアウトカムに学ぶ
考察項目4:感染者密度と死亡者密度の間の相関関係

新型コロナウイルス状況についての一考察(2020年5月4日)

考察項目5:感染拡大防止は死亡率低下につながるか

主に、下記サイトからのデータをもとに現状を考察する。なお、本考察は、所属する組織の意見を代表するものではない。また本筆者は、東北大学生命科学研究科の教員であるものの、疫学を専門としていない。このたび、新型コロナウイルス流行にあたり、下記のようなデータ提供するサイトを閲覧し、流行の傾向をつかむために個人的に考察した結果をまとめた。疫学研究者から見たら、素人の考察に過ぎないであろうが、自分自身へのメモとして記録しておきたい。

Coronavirus Update (worldmeter)


考察項目1:感染後死亡率(DRI)の考え方

2020年4月4日現在の上記サイトにおいて、4月3日までのデータをもとに検討する。世界での総感染者数1,098,006人、総死亡者数59,141人、総回復者数228,405人である。

この総死亡者数と総回復者数の比率こそが、今後の経過を推測する上で重要な数字であると言える。つまり、いったん感染した場合、たどる最終結果(outcome)は、二つしかない。死亡するか回復するかだけである。最終結果が出ていないのは、未だ感染中であり、どちらの結果になるかが分かっていない状態である。

感染してから死亡、もしくは、回復するまでの時間経過に大差がない場合(1~3週間程度)、ウイルスの流行が始まってしばらく経ち、最終結果が出始めれば、死亡者数と回復者数の比率を取ることに意味があるようになる。12月頃から流行が始まったと考えれば、4ヶ月を経過した現在、死亡者数と回復者数の比率は安定していると言える。未だ感染中で、結果が未定の者に関しては、おおよそ、上記の割合で、死亡と回復とに振り分けられることが予想できる。つまり、いったん感染した場合、死亡するか回復するか、確率の問題だけで考えるならば、上記の比率で振り分けられると予測できるであろう。

下記、図1が現時点で、最終結果の出たケース(closed cases)における世界総回復者数の割合(緑)と世界総死亡者数の割合(オレンジ)である。総死亡者数と総回復者数の割合は、4月になった時点でほぼ安定しており、感染者の予後を推測する指標となり得ることが予想できる。総死亡者数の割合は、(総死亡者数/(総死亡者数+総回復者数))であり、現時点で、これは、(59,141人/(59,141人+228,405人))=20% である。この数字のことを、本稿では「感染後死亡率(Death Rate after Infection; DRI)」と定義する。すなわち、いったん陽性と診断された場合、およそ2割の確率で死亡することが予想されるわけである。



図1:最終結果の出たケース(closed cases)における死亡者数(緑)と回復者数(オレンジ)の割合。2020年4月4日まで、全世界での平均の推移。
https://www.worldometers.info/coronavirus/ より参照して引用。


なお、一般的に感染症における「死亡率」(本稿では仮に感染後死亡数と呼ぶ;Death Number after Infection, DNI)といった場合、総死亡者数を総感染者数で割った値のことを指すのであろう。現時点でのデータで言えば、総死亡者数59,141人で、総感染者数1,098,006人であるので、59,141人/1,098,006人=5%という計算になる。最終的に感染が終息して、これ以上感染者が増えず、死亡か回復かに全ての患者が振り分けられれば、DRIとDNIのどちらの死亡率推定も一致する。しかし、感染者数が指数関数的に増えている状況では、どんどんと新たな感染者数ばかりが増えていって、死亡か回復かに振り分けられる患者数が追い付かない。つまり、最終結果の分からない新規感染者の割り合いが多いので、DNIの分母ばかりが多くなり、死亡率は低く見積もられる傾向があると言える。したがって、死亡と回復の振り分けがある程度進んだ段階で、かつ、新規感染者数が大きく増えている状況では、死亡と回復の割り合いから死亡率を推定する方法が、より正確な予測(best guess)になるのではないかと考えられる。

さて、これは、世界での平均であるため、worldmeterのサイトのデータを利用して、各国の感染後死亡率(DRI)を計算してみた。その結果、日本においては、死亡者数(63名)、回復者数(514名)であるため、感染後死亡率(DRI)は、63 / (63+ 514) = 11% であることが明らかになった。全世界の平均DRIが20%であるので、日本はおよそ半分であることが分かる。つまり、日本の場合、たとえ感染したとしても、その後、死亡する可能性は、世界平均に比べれば低いと言える。

この感染後死亡率(DRI)の数字は、医療水準の高さを反映しているのではないか。すなわち、医療が良いほど、DRIの数字が低くなることが予想される。日本では、総感染者数(Total infected Cases; TC)世界第33位であり、100万人あたりの感染者数(TC/1M pop)は21人に過ぎない。人口あたりの「感染率」としては、世界第83位である。したがって、医療水準が高く、人口あたりの感染率も高くない現状で、医療崩壊もしていないため、DRIを低く保つことができているのであろう。とはいえ、感染者の10人に1人は死亡するというのは、感染症の割合としては高いのではないだろうか。



TC, (Total Cases) 総感染者数
TCrank, 総感染者数のランキング(TCトップ100ヶ国のうち)
TC/1M pop, 人口100万人当たりの総感染者数
TC1Mrank, 人口100万人当たりの総感染者の数世界ランキング
DRI, (Death Rate after Infection) 感染後死亡率
表1:日本における感染後死亡率(DRI)の世界平均との比較。


現時点で、総感染者数(TC)最大(277,161人)のアメリカの場合、感染後死亡率(DRI)は38%と計算された。総感染者数(TC)第2位イタリア43%、第3位スペイン27%である。ここで興味深いのは、総感染者数(TC)第4位のドイツのDRIが、わずか5%である点である。一方、第8位のイギリスのDRIは、驚異の96%である。この差はどこから来るのであろうか。イギリスで感染した場合、ほぼ死亡することが確定すると言えるのであろうか。



TC, (Total Cases) 総感染者数
TCrank, 総感染者数のランキング(TCトップ100ヶ国のうち)
TC/1M pop, 人口100万人当たりの総感染者数
TC1Mrank, 人口100万人当たりの総感染者の数世界ランキング
DRI, (Death Rate after Infection) 感染後死亡率
表2:感染者総数(TC)の主な上位各国の感染後死亡率(DRI)の比較。


ここで、感染後死亡率(DRI)の大小を分析するために、死亡と回復のどちらの大小が問題なのかを見ていこう。総死亡者数や総回復者数そのものの数字を見ても、あまり意味がない。重要なのは、感染した人のうち、どのくらいの人数が死亡して、どのくらいの人数が回復するかである。したがって、総感染者数のうち総死亡者数が何人になるのか(Death Number after Infection; DNI)、総感染者数のうち総回復者数が何人になるのか(Recovery Number after Infection; RNI)という指標を導入する。

ドイツでの総感染者数(TC)は91,159人であり、総死亡者数1,275人であるため、感染後死亡数(DNI)は、0.014人/総感染者数(TC)となる。また、総回復数24,575人であるため、0.270人/TCとなる。イギリスの総感染者数(TC)は38,168人、総死亡数3,605人であるため、感染後死亡数(DNI)は0.094人/TC、総回復数はわずか135名であるため、感染後回復数(RNI)は、0.004人/TCとなる。



TC, (Total Cases) 総感染者数
TCrank, 総感染者数のランキング(TCトップ100ヶ国のうち)
TC/1M pop, 人口100万人当たりの総感染者数
TC1Mrank, 人口100万人当たりの総感染者の数世界ランキング
DRI, (Death Rate after Infection) 感染後死亡率
DNI, (Death Number after Infection) 感染後死亡数
RNI, (Recovery Number after Infection) 感染後回復数
表3:感染者総数(TC)の主な上位各国の感染後死亡率(DRI)と、感染後死亡数(DNI)と感染後回復数(RNI)との関係を比較。ドイツにおけるDNIが低く、イギリスにおけるRNIが低いことから、両国の間でDRIに大きな差が生まれている。


ひと目で分かるのは、イギリスにおける感染後回復者数(RNI 0.004/TC)の少なさである。イギリスの場合は、いったん陽性になった場合、回復したとする基準が厳しいのかもしれない。陰性診断を複数回受けて、なお、何週間か留め置かれるという基準を設けているのであろうか。今後、時間が経つにつれて、回復者診断を受ける人が増える可能性はあるが、既に、流行が始まってから、欧州でもひと月以上経っているので、イギリスでの回復者数が伸びないのは疑問が残る。

一方、イギリスの総感染者数当たりの死亡数(DNI 0.094/TC)も決して低くない。死亡者は、確実に死亡しているので、回復者と異なり、判断の基準に曖昧なところがない。世界平均の総感染者数当たりの死亡数(DNI)は0.054/TCであるので、イギリスにおける死亡数のほうが高い。確かに、イギリスの総感染者数は世界第8位と高いが、人口当たりの感染者数(TC/1M pop)にすれば、562/1M popに過ぎず、世界第23位である。したがって、医療機関の容量に対して患者数が超過する、いわゆる「医療崩壊」が起こっているとは考えにくい。イギリスでは、感染者に対する医療ケアの水準が低いこと、いったん陽性となったものを回復したとする診断基準が異常に厳しいことが、感染後死亡率(DRI)の高さ(96%)に現れていると考えられる。

イギリスにおける感染後死亡率(DRI)の異常な高さは、検査数をごくごく少数に絞っていて、結果的に、重症化して長期に渡って回復が望めない状態になってから、ようやく感染者としてカウントしていることに起因している可能性もある。すなわち、陽性認定してもらえる頃には、もはや回復の見込みがないので、感染後死亡率が、ほぼ100%になってしまうのである。しかし、それにしては、人口当たりの感染者数(TC/1M pop)562/1M popは決して少ない数字ではない。検査を全くやっていないような状況とは異なり、日々、4,000人以上の新しい陽性報告が続いている。やはり、イギリスにおける医療ケアに問題があるか、退院に慎重になりすぎる傾向があるかなのではないかと考えられる。

ドイツにおける感染後死亡率(DRI)の低さ(5%)は何が原因であろうか。まず、総感染者数当たりの死亡数(DNI)0.014/TCは、世界平均0.054/TCよりはるかに少ない。また、総感染者数当たりの回復数(RNI)0.270/TCは、世界平均0.208/TCよりわずかに多い程度である。したがって、ドイツだけが基準を甘くして、回復したとして早急に患者を帰宅させているというわけでもないと考えられる。なお、ドイツの総患者数は世界第4位であり、人口当たりの感染者数(TC/1M pop)も1088/1M popであり、世界第11位である。したがって、医療崩壊が近い状況であるにも関わらず、なお、死亡率を低く抑えていると言える。ドイツの人口当たりの総感染者数(TC/1M pop)は多いので、感染の拡大を防ぐことには成功していないが、感染した者に対しては、高水準の医療を提供できる状況であることが推測される。



図2:感染者総数(TC)の主な上位100ヶ国の感染後死亡率(DRI)のヒストグラム。


新型コロナウイルス状況についての一考察(2020年4月4日)

考察項目1:感染後死亡率(DRI)の考え方
考察項目2:感染後死亡率(DRI)で見る各国の医療水準
考察項目3:ダイヤモンドプリンセス号のアウトカムに学ぶ
考察項目4:感染者密度と死亡者密度の間の相関関係

新型コロナウイルス状況についての一考察(2020年5月4日)

考察項目5:感染拡大防止は死亡率低下につながるか